パラティーノの丘から直接フォロ・ロマーノへ降りていくことができる。やはり、ローマ観光ではここが最大の見どころの一つである。
しかし、ここも二度目の来訪であるために、写真の撮影も前回よりは適当だ。その時は、これは○○の神殿、などと確認しながら歩いたものだ。
ATRIVM VESTAE |
パラティーノの丘から降りてくると、最初に通るのがここATRIVM VESTAEである。ウェスタのアトリウムだから、ウェスタの中庭とでも訳せばよいのだろうか。
昔読んだ本によると、フォロ・ロマーノはもともと湿地帯で、人が活用できるような土地は存在しなかった。そこに巨大な下水道をとおして排水を行い、乾いた土地を作り出したものであるようだ。この地下構造物をクロアカ・マキシマ(Cloaca Maxima)といい、帝政時代以降、補修されながら、現代でも利用されているようだ。
万人のために機能する、公共構造物(インフラストラクチャー)が修復されながらとはいえ、二千年も使用されてきたのである。
もはや、ローマ帝国の技術力の高さを褒め讃える言葉すらも不要であろう。
ロムルス神殿(TEMPIO DETTO DI ROMOLO) |
アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿(TEMPIO DI ANTONINO E FAUSTINA) |
ウェスタ神殿(TEMPIO DI VESTA) |
FONTE DI GIUTURNA |
FONTE DI GIUTURNA |
以前フォロ・ロマーノを訪れたときは、この遺跡には気付かなかった。GIUTURNAはラテン語ではユトゥルナ(Iuturna又はJuturna)。噴水、井戸、泉の女神だそうだ。
バシリカ・アエミリア(BASILICA AEMILIA) |
カストルとポルックス神殿(TEMPIO DI CASTORE E POLLUCE) |
セプティミウス・セウェルスの凱旋門(ARCO DI SETTIMIO SEVERO) |
セプティミウス・セウェルス(Septimius Severus)の名は、現代イタリアではセッティミオ・セヴェーロ(Settimio Severo)と読むらしい。一応判らないでもないが、結構紛らわしい。
前回の旅行ではこの凱旋門の下をくぐれたのだが、今回は閉鎖されていて通行することができなかった。
ローマではいつもどこかが閉鎖され、修復を受けているものなのである。
フォカスの記念柱 (La Colonna di Foca)、サトゥルヌス神殿(TEMPIO DI SATURNO) |
元老院(Curia Iulia) |
前回の旅行では入館できたのだが、今回は元老院の内部に入ることはできなかった。修復工事をしているようには見えなかったのだが、時間が遅かったから入れなかったのだろうか。
言葉の判らないわれわれには、閉鎖されている理由を知る方法はなかった。そういうこともあるものだ、と思うことにした。以前一度中をみているからあまり拘泥せずに他を観ることにしたのである。
サトゥルヌス神殿(TEMPIO DI SATURNO) |
ウェスパシアヌスとティトゥス神殿(TEMPIO DI VESPASIANO E TITO) |
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ARA DI CESARE |
最後の写真は「ARA DI CESARE」。カエサルの火葬の場である。たまたま写っている女性が、祈っているかのように見えるのは気のせいだろうか。
紛らわしいが、イタリア語「CESARE」はラテン語では「CAESAR」となる。帝政ローマの礎石(いしずえ)となり、のちの皇帝たちの代名詞ともなったCAESARはユリウス・カエサルのことである。彼は終身独裁官となったけれども、皇帝にはなれなかった。
初代皇帝はカエサルの後継者、アウグストゥス(オクタヴィアヌス)だったのである。
2017年1月イタリア旅行へ
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