2017年3月12日日曜日

ポンペイ遺跡1 Scavi di Pompei 1(イタリア・ポンペイ)

 2017年1月にイタリア旅行へ行った。記憶の薄れないうちに記録を残しておく。

 今日は、少しだけ早起きして古代ローマの遺跡、ポンペイへ向う。日帰りのポンペイ観光である。

 ポンペイ遺跡はローマからの日帰り観光が十分可能な場所にある。我々はポンペイで時間を使いすぎてしまったけれども、ポンペイを早めに切り上げれば、ナポリ市街を観る時間も確保できるはずだ。


 ローマ、テルミニ駅からトレニタリアの高速鉄道フレッチャロッサ(Frecciarossa)でナポリ中央駅(Napoli Centrale)まで行き、そこからはヴェスヴィオ周遊鉄道(Circumvesuviana)のソレント(Sorrento)行に乗りポンペイ・スカヴィ=秘儀荘駅(Pompei Scavi - Villa dei Misteri)で降りる。





 なお、ナポリ中央駅から乗り換えるベスビオ周遊鉄道の駅はナポリ・ガリバルディ駅(Napoli - Garibaldi)である。ナポリに戻ってくるときに間違えないよう、覚えておいたほうが良いだろう。

 ちなみに我々はナポリ・ガリバルディ駅で帰りの切符も同時に購入しておいた。

ポンペイ遺跡の入口、マリーナ門(Porta Marina)

 7:35テルミニ駅発のフレッチャロッサに乗って、ポンペイ遺跡には10:00前に到着した。ナポリで路線図のポンペイ部分が削れていて見えなかったために少し迷ってしまったが、それがなければもう少し早く着いたはずである。皆が指差すためにポンペイ駅の部分が消えてしまっていたようだ。

 ここまでの経路を整理すると、次のようになる。

  7:35 Roma Termini
  ↓    Frecciarossa 9601
  8:45 Napoli Centrale
  9:11 Napoli - Garibaldi
  ↓    Circumvesuviana
  9:45 Pompei Scavi - Villa dei Misteri (乗車時間は35分~40分程度)
 10:00 Scavi di Ponpei  

 さて、遺跡の中を見て回るとしよう。

バジリカ(Basilica)

 ここはバジリカである。芸術作品なのだろうが、見たい遺跡の前に余計な人体像が置かれており、遺跡鑑賞や写真撮影の邪魔になる。夫婦で文句を言いながら歩く。

 その点、オスティア・アンティカは余計なものがなくて良かった。


門の美しい装飾

 非常に美しい装飾である。ヴェスヴィオ火山の噴火によってポンペイが滅んだのが西暦79年のことだから、日本ではまだ弥生時代のことだ。日本ではようやく農耕が始ったころ。

フォーロ(Foro)
フォーロの向うに見えるのはヴェスヴィオ火山。噴火の前に大地震があり、その地震の被害からの復興が終らないうちに、今度は火山の噴火が起きたとされている。

ウェスパシアヌス神殿(Tempio del Genius Augusti (Tempio di Vespasiano))

 ウェスパシアヌス神殿はローマ皇帝ウェスパシアヌスを祀ったのではなく、第一に崇めるべき神として、「ウェスパシアヌスの守護神」を祀った神殿であるとのことだ。日本人にとってはどちらでもよいことのようだが、私が持って行ったガイドブックには、その違いが念入りに書かれていて、彼我の文化の違いを感じさせられた。
 日本では古代の偉人は疑いなく神である。歴史上の実在の人物も普通に神として神社に祀られている。ユリウス・カエサルはウェヌス(ヴィーナス)の末裔とされていたはずだから、カエサルもアウグストゥスもその後継者の歴代皇帝も神でよいではないか、と思うのだが、実在の人物を神として崇め奉るのは罪であるというキリスト教文化の呪縛のようなものを、そうした記述から感じてしまったのである。

アポロ神殿(Tempio di Apollo)

ユピテル神殿(Tempio di Giove)

 古代ローマには無数の神がいて、神と神とが争ったり、人の娘に子を産ませたりする。それは一神教の神とは異なる人間臭い存在だった。ある意味では、日本の神々と相通ずるものがあって、神と人との境界は現代ヨーロッパ人の感覚よりは現代日本人に近かったのではないだろうか。
 
フォーロ浴場(Terme dell Foro)

フォーロ浴場の細部

フォーロ浴場の内部

 しかし、ローマ遺跡には風呂が多い。古代ローマ人は入浴をこよなく愛していたらしい。現代のヨーロッパ人は入浴ということにそれほど執着しないようだが。

秘儀荘(Villa dei Misteri)

秘儀荘

秘儀荘

 ようやく秘儀荘に到着する。ここに辿り着くまでに約1時間を要した。庇を支える円柱の装飾が美しい。今回のイタリア旅行で感じたことなのだが、古代ローマのデザインというものは、現代社会でも十分にそのまま通用するほど完成の域に達していたのではないだろうか。





 秘儀荘の名の由来となった有名な壁画である。秘儀荘はポンペイ遺跡の市街から少し離れた場所に隠れるようにして存在する。何かの儀式が描かれているようであるが、深くは考えずにただその美しさを眺めることにした。ここは間違いなくポンペイ遺跡一番の見所であろう。駅名が「ポンペイ遺跡と秘儀荘」となっていることも理解できる素晴らしさである。


ポンペイ遺跡2に続く。

2017年1月イタリア旅行

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